風を道連れに

☆あるボッチローディーの独り言☆

時の流れ

 

最近のスポーツ中継を観ていて思うのはレフェリー判定の正確さだ。

 

先日観ていたFIFA World Cap 2026のコロンビアVS.ポルトガル戦でのこと。

0対0で迎えた後半ロスタイム、コロンビアが貴重な1点を入れてリードしたかに見えたが、直前に線審はオフサイドの旗を上げていた。

TVでは早速その得点時の映像が再生され、それを視た限り素人目にはオフサイドは無かった様に見えたが、ビデオ判定の結果は線審の判定通りのオフサイドでNoゴール。

その根拠となった画像が映されたが、それにはコロンビア選手の右足靴先がオフサイドラインより5cmほど出ており、確かに判定に間違いは無かった。

その前の日本VS.スウェーデン戦でも、上田選手の蹴ったボールが見事ゴールを決めたかに見えたが、ビデオ判定の結果は、ボールの端が数ミリゴールライン上に残っていたとしてNoゴールと判定された。

 

だが、この様なことは人間が(例え熟練した審判でも)眼で視て即判断を下すのはほゞ不可能。

これを可能にしているのは、ボールに内蔵されたセンサーによる位置情報や競技場内に複数配置された高性能AIカメラで、これらが無かったら以前の様に”疑惑の判定”が大手を振って罷り通っていたに相違ない。(それでもまだ得点とは関わらないところでの誤判定は多いが・・・)

 

人間は感情に支配される動物で恣意的な判断から逃れることは難しいので、本来どちらにも偏らず公正であるべきスポーツ競技の世界では、今後も積極的に機械化による審判体制を構築し、且つより高度完全化させていくべきだろうと思う。

人間とAIが共創する社会が近未来のあるべき姿?

朝日新聞日曜版に「10年前と今でどちらが生きやすい?」の問いに読者が答えた記事が載っていたが、2,400人近くの回答者のうち79%が10年前と答え、今と答えたのは21%。(まぁ現実を直視すればこれは納得できる比率割合だね)

その理由として様々な意見が述べられていたが、その中には急速に普及拡大したSNSや生成AIの功罪を上げるものもあって、事程左様に今やコンピューター技術は広くそして深く社会全般に浸透しているのが実相である。 

 

我々は今後、あらゆる局面でコンピューターor AIに依存して生きていくことになるが、そんな流れの中にあっても人間が主体性を持ち続けるためには、機械にはできないこと(批判的思考や何故?を問う姿勢など)の能力を保つ必要がある。

そのためには、正しい倫理観や価値観を持つことが重要なのだが、昨今の世情を俯瞰すると”どうも危ういなぁ”と感じるのは穿った小生独自の視方か?・・・。

 

 

さて、梅雨空(実際は大して降らなかったけど)やアベック台風の接近などで10日間ほど外出を控えていたが、今日はソコソコの天気なので「出掛けてみるかぁ」と重い腰を上げて出発準備に取り掛かった。

行先は伊自良辺りの風景を脳裏に想い浮かべて北へ向かうと決めたものの、まだ”決めきれないなぁ”と思う優柔不断な自分が傍らに居る。

 

街中を抜け、河渡橋で長良川を渡って伊自良川左岸堤防道を尻毛へと走る。

車通行が多い右岸と違って左岸は車があまり通らないところが小生のお気に入りだが、少々道路整備が不十分な箇所があるのが ”玉に瑕” 、まぁ不満はあっても流れゆく景色を愛でながら独り走るのは気分の良いもんだ・・・。

拡がる景色の伊自良川堤防道を北へと走る

木田→黒野と辿り、岐大キャンパスの横を北に走って安食まで来た。

ゆっくり走って(最近の傾向)きたので此処まで来るのに約1時間を要したが、小生の時間感覚的には40分ぐらいの感じ。 

実際時間と感覚時間の開きがどんどん大きくなっていくのは、動作の緩慢さと相関していると解っているが、それこそが"老いの証左だ"と言われるとチョットだけ淋しい。

辺りはすっかり里山景色に変わり、正面で重なる山襞の向こうに舟伏山の山頂部が青く霞んで視える。

あの山に登ったのは随分と昔なので、その記憶も今では青山を視る如く朧気だ。

田圃を貫く農免道路を気持ちよく走る

杉坂峠を呼吸数と心拍を上げながら越えて向かうのは伊自良地区最奥の伊自良湖。

距離は6kmほどで、幾度も走ってる走路だから取り立てて言うのも何だが、伊自良湖の手前集落までは平均2%で延々と続く緩い坂道なので、遅々として進まず心身共に微妙に疲れが溜まる。 

だが、これに ”業を煮やして” スピードを上げると、最後に来る詰めの伊自良湖への登りが辛くなるので、ヒルクライム苦手の小生としては、ここは”隠忍自重”を貫かなければならない。

盆地の伊自良へは山を越えていかなければならない

甘南美寺の古刹ならではの静謐な空間でチョット長めのの休憩。

寺社を巡って(古色蒼然としたのが好き)体力の回復と精神の安息?が得られたので、「そろそろ帰るかぁ」とバイクへと戻る。

此処からだと豈坂を経由して帰る手があるが、チョット遠回りになるのと「山県市街地を走り抜けなければならないなぁ」との面倒臭さが脳裏に浮かんでボツ。

雛倉へ向かう手も考えたが、最終的にはほゞ往路を安食近くまで戻り、左折して彦坂→畜産センター経由で帰ることに決めた。

山門をくぐって古色蒼然の寺社を巡ると次第に心が穏やかになる

伊自良川支流の彦坂川堤防道をのんびり走ると、集落が尽きたところから彦坂への登りが始まる。

斜度12~14%の450mほどの坂だから大したこと無い?が、心拍数の上昇に気を付けてノロノロ登っても次第に疲労が脚に来て最後は ”ヒィヒィ状態” 、黒く開口するトンネルが目前へと迫って漸く苦痛から解放された。

  彦坂川に沿って東へ走る        やっと彦坂トンネルが見えてきた

スピードの出る下り坂を適度にブレーキングしながら慎重に下り、丁度青になった信号交差点を右折すると畜産センターはすぐ其処。

緑の濃くなった芝生広場には人影は無く(平日だもんねぇ)如何にも寂しげだったので寄り道していくことにした。

 

メタセコイアの樹陰に座して風景を愛でながら想うのは遠い昔のこと。

まだ子供が幼かった30数年前、ここの展示エリアには豚や牛・馬・羊・山羊・兎などが居て、それを観たあとにこの広場でシャボン玉を吹いたりボールを蹴ったりして遊んだ記憶が朧に蘇ってくる。

故郷を遠く離れ、仕事や家族に忙殺される毎日を送っているだろう2人の娘、果たして幼かった昔の日々ことを想い出すことはあるんだろうか・・・。

芝生広場は遠い昔を想い出す場所

「ゆっくりしすぎたな」と気付いて時計を見るともう12時半近く。

此処からだと鳥羽川沿いに伊自良川との合流箇所まで走るのが、煩雑な市街地を行かなくていいので良さそう。

「1時間はかからんな」と幾分短めのルーズな予定時間を呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

歳とったなぁ Ver.2

 

エアコンの省エネ基準の見直しに伴なう買い替え需要増が話題になっているが、御多聞に洩れず我が家でもエアコンを1台更新することになった。

取り替えるのは台所にある物で優に25年は使っている ”年代物” だが、冷房専用なので 夏場しか使わないし、再熱やら霜取りやらの機能も付いてないシンプルタイプなので、今まで一度も故障することなく長期に亘って使ってきた。

そのエアコンを何故更新することになったかと言うと、世間一般とは全く違っていて、それが”冷えすぎるから”と云うチョット意外?な理由。

 

昨年、4年間の米国生活を終えて帰国した長女が、夏休みに孫達を連れて帰省した折に一人台所に籠って ”リモート仕事” をしたのだが、その際に冷房の温度が下がり過ぎて 寒いとエアコンを停めていたらしく、それを見ていた妻が、今年も長女が孫達を連れて帰省してくるからと、室温調節できるエアコンに替えておきたいと言い出した次第。

小生などは、寒くなったらエアコンを停めればいいし熱くなったら入れればいいと単純に思うが、母親というものはそう云う細かなところまで気遣いするのかとある意味感心したが、そんなことを伝えたら”何かと嫌味”を言われるに決まっているので、そっと口をつぐんでおいた。

今年も酷暑が待ち受けてるんだろうねぇ

話は少しずれるが、小生も妻も”新しいものにはすぐには飛びつかない”性格だ。

だから電化製品等は最新流行の物は一つもなく、故障で使えなくなった物を買い替える時でも買うのは旧タイプor 型遅れの品と決まっている。

その方が経済的だし使用上の不便は殆ど無いのだから、新製品を買わなければならない必然性は皆無と云う訳。

 

まぁそうは言っても困ることは稀にある。

今熱戦が繰り広げられているFIFA World Cup 2026。

NHKは全試合を放送すると言っていたが、その7割(全104試合中71試合)がBS4Kでの放映なので、4Kテレビを持たない我が家では視聴することが出来ないのだ。

サッカー好きなので多くの試合を観たいのだが、それだけの為にTVを買い替えるのは不合理なので(4K放送はコスパが悪く民放5キー局が撤退すると言ってるしね)ここはスッパリ諦めるしかないと解っている・・・。

 

 

さて、今日は上天に青空が広がる好い天気ではないが、明日から数日間は梅雨空が続くとの予報が出ていたので「今日行くしかないな」と自ら尻を叩いて?決断。

行く先は関ケ原方面としたが具体的に何処とは決めきれないので、いつもの塩梅で走りながら分岐毎で走路を決めていくことにした。

 

加齢と運動不足が相乗して心肺機能が酷く衰えたので、前後のタイヤに100psiのairを入れるのが出発前の重労働。(電動ポンプで70psi位まで入れて、後は手押しポンプに替え規定圧まで入れるのだが、この作業をするだけで斜度7~8%の坂を500m走ったと同じくらいに疲れる)

この儀式?を何とか終え、その他のバイク準備ならびに身支度を整えるといよいよ出発で、まずは街中の路地を注意しながら走って西へと向かう。

この電動ポンプを使う事でタイヤの空気入れが随分楽になった

長良大橋を渡った交差点で右折or左折(直進は大垣市街地の中心部に向かうので端から除外)をまず選択。

右折なら美濃路から旧中山道を辿って神戸→赤坂へと走ることになるが、走路の景色を脳裏に思い浮かべながら暫く考えて出した結論は「今日は止めにしとこ」。

生来は素直な性格?である小生は、その声に従ってハンドルを左へと切った。

 

田園風景が多くなった墨俣地区を南西に突っ切ってr-18(大垣一宮線)の手前で揖斐川堤防に出ると、拡がる視線の先に養老山地から伊吹山塊にかけての青い山並みが綺麗に視える。

その景色を眺めながら「よしあそこまで行くかぁ」と決めたのは上石津。

もし時間があれば関ケ原へと回り込めるし、Time's Upなら養老経由で帰途につく事もできる。

距離は此処からどう走るかにもよるが大体24~25kmといったところだ。

拡がる視界が清々しい           揖斐川を渡って南西へ

大垣と養老の境目辺りの車通りの少ない道を縫う様に南西へ走り、牧田川に出ると堤防道を上流へと向かう。

視界が開けて気分が上がる良い道だが、向い風を受け脚力が削られるので体力そのものも次第に無くなってくるのが判る。

この先の橋爪大橋を渡って山際を行けば、風も弱まるので「あと少しの我慢だ」と自分を叱咤激励した。

相川の堤防道を牧田川へ向けて走る

養老と関ケ原を結ぶ薩摩カイコウズ街道(r-56)は主要道で車通りが多いが、左手山際を並走する農道は生活者の車もほとんど来ない長閑な田舎道。

村人さえ歩いてないので、辺りの風景に視線をやりながら鼻歌を口ずさんでのんびりと走ったって恥ずかしくはない。

今年2月に開通した橋爪大橋を渡って山際の田舎道へ向かう

牧田の町外れにある村社の石段に腰掛けてこの先の走路(関ケ原へ向かうかor養老へと戻るか)を考える。

関ケ原へは ”島津の退き口” の坂道を登って、新幹線と国道を越え街中の細道を辿り、 そして東海道本線のガードを潜ったら左へ・・・と脳裏に走路を思い浮かべていたら、何だかそれを走るのが億劫に思えてきて(3~4年前までなら絶対思わなかったけど)、結局は養老へと向かうことに決めた。

その前に名神高速の養老SAに立寄ってトイレ&休憩Timeだ・・・。

養老SAのプラットエリアで休憩

養老SAで30分近く休んでしまったので、帰路はどこへも立寄らないことに軌道修正して出発。

先刻まで養老に向かうとしていたが、特に目的地がある訳でなく養老駅辺りまで遠回りするのが目的だったので、まぁこれは許容範囲と自分に甘めに納得させた。

風向きは西寄りで軽く小生の背中を押してくれるから、普段の2割増しの速度で走っても維持が容易だ。

「これは嬉しいなぁ」久々の快走?で気分が少し軽くなった。

 

水田が広がる大垣南東部まで戻ってきた。

走り続けて額に少し汗を掻くほどだったので畦道にバイクを停めて小休止。

田植えの終わった水中では名を知らない小さな虫が動き回っているが、以前(と云っても20~30年前)は沢山見られたカブトエビの姿は全く見当たらない。

今の日本で「カブトエビが動き回る環境の良い水田はどのくらいあるんだろうか?」と何気に思った・・・。

  そよ風が吹き渡る水田          姿を消したカブトエビは何処に

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気力VS.体力

 

4週間ほど前のこと、朝起きて新聞を取りに玄関扉を開けて外へと出ると、スズメ達の姦しく鳴く声が耳に届いた。

「なんだろう?」と思って頭上の木枝で鳴くスズメを見てから何気に視線を落とすと、車庫の鉄柱の袂に枯葉の様なものが2つあり、よく視るとそれはスズメのヒナだった。

「何処から来たんだい」と2羽に問いかけながら視線を上げて車庫の屋根端を見ると、鉄骨の隙間から枯れ草がはみ出ており、どうやら其処に巣があって何かの拍子にその巣から転落した様子だった 

まだ巣立つまで成長してない感じなので、親鳥が「困ったぁ、どうしよう」とばかりにチュンチュン鳴いて騒いでいたと云う訳。

「戻してやるしかないなぁ」と物置から脚立を持ってきて2羽を巣に返してやったが、何と数時間後、同じ個体かどうか判からないが1羽のヒナが、またしても巣から落ちて小刻みに震えていた。

巣から転げ落ちて不安げなスズメのヒナ

「こりゃ転落防止対策が必要だな」と巣の出入り口を受ける棚板を即席で作って設置、これでヒナの転落は無くなると思ったのだが、その2日後、庭先の落ち葉を掃き掃除していた妻が、死んで冷たく横たわる1羽のヒナを見つけた。

それから1週間ほどでヒナ達は全て巣立った様で、今ではあの巣からは親鳥が居る気配も覗えない。

そろそろ「巣を取って綺麗にするか」と考えているが、空いた巣は取り払っても”鳥獣保護法違反”にはならないんだろうねぇ・・・。

 

話は飛ぶが、以前の居宅には大きなヘビ(俗に云う屋敷ヘビで多分アオダイショウ)が居て、軒下の桟や庭の生垣辺りでよく見かけたのだが、それがこの3年ほど前からとんと姿を現さなくなった。

ヘビの寿命は10~15年くらいと云うから、死期を悟ってどこかへと消えたのだと勝手に思っているが、そのせいでアオガエルやカタツムリを紫陽花の中に見つける事が増え、鳥の巣も間近で見えるところに出来たりする訳だから、これは一つの”輪廻転生の変化した形”なのかも知れないと、結構適当な事を無責任に考えたりしている。

 

  

さて今日も清々しく晴れた良い天気。

「何処へ行こうかなぁ」と考えてみても、最近の傾向通り好い案がなかなか思い浮かばない。

山手方面はクマが出る(2日前に揖斐でクマが出没したとニュースが伝えていた)し、関ケ原方面は何だか乗り気せず、美濃方面も同様・・・。

結局、「木曽川沿いを犬山まで走ってみるかぁ」と良案が思い付かない時の定番を選ぶしかなかった。(トホホ・・・)  

 

普段ならまずは羽島へと南下するが、今日は煩雑な街中走行を少なくしたいのと、往復10kmの遠回りを億劫に思う気持ち(最近妙に軟弱になってる)を優先して、境川沿いの堤防小道を走って真っ直ぐ笠松へと向かう。

生い茂る草が道を狭くしてスピードは上がらないが、先を急ぐ理由もないのでゆっくり走ると、草いきれの匂いを含んだ涼風が頬を撫でていくのが心地よい。

堤防小道は微かな草いきれで満ちていた

笠松湊公園で小休止したあと、木曽川橋を愛知県側に渡って北方広場から木曽川サイクリングロードへとバイクを乗り入れる。  

此処から犬山城までの約20kmはほゞサイクリングロードだけで行けるので、当然だがNon stopで走れるし何よりもMy paceに徹して行けるのが嬉しい。

    笠松湊公園           橋を渡って木曽川沿いを遡上する

青空の広がる好い天気なので遠くの山並みまでもがくっきり視え、左手を流れる木曽川の川面では波間で陽光が細かく跳ねている。

追い風が背中をやさしく押してくれるからペダルは軽く、バイクがずんずん進んでいく感覚が愉しい。

前方から一人のローディーが来たのですれ違う時に軽く手を挙げると、相手も同じように手を挙げて応えてくれた。

青空と広がる景色、追い風そして見知らぬ誰かとのささやかな挨拶、そんな事象の一つひとつがライドで感じる幸せ要素だと思う。

   拡がる視界の木曽川CR        遊歩道も兼ねたCR(犬山付近)

犬山緑地公園から犬山城下までは車両通行の多い道(しかもかなり幅員が狭い)を走るのでいつも少し緊張する。

自転車青切符制度施行のお陰で「自転車追い抜き時の安全距離(約1m)確保」が広く認知される様になり、最近は距離をとり自転車を抜くドライバーが増えたので有難いが、以前は擦れ擦れを車が通って何度ヒャッとしたことか。

そんな時は遠ざかる車に向かって「あんた故意殺人になるよ」と声には出さず毒づいたが、事が起こってからではもう遅いのでお互い安全運転には留意したいもんだ。

 

犬山城下の川縁(此処からの景観が好き)で10分ほど休憩してから、犬山橋を岐阜県側へ渡って愛岐大橋へと向かう。

此処までは定番だが、その先をどうするかでいつも悩むのが小生の優柔不断なところ。

そのまゝ岐阜県側を走るかor愛知県に戻り往路と同じサイクリングロードを走るか?

直進した場合の走路(の画像)を脳裏に想い浮かべた結果、「色々面倒だな」との思いが支配的になって、結局は愛岐大橋を渡る選択となった。

犬山城は木曽川に面する山上にある 

鵜沼の街筋を走っていた時には然して気にならなかったが、木曽川左岸のサイクリングロードには結構強い西風(6m/s)が吹いていた。

「この向い風は辛いなぁ」と思ったが、往路ではこの風で軽快に走れたんだから文句を言ってもしょうがない。

だが、岐阜県側は雑木林が風除けになる走路が多く「楽に走れんじゃない」と思うと、「走路の選択を誤ったか」の思いが去来してチョッピリ後悔した・・・。

木立で風が緩んで束の間ほっとした      景色はすこぶる好いんだけどね  

年甲斐もなく気張って走るのはもう止めにして、風と折り合いを付けながら20km/sほどのスピードで黙々と走る。

こうして走って行けばやがて”風との戦い”も終わる、全ては時間が解決してくれるのがある意味”絶対真理”であることは間違いない。

とは言ってもチョット疲れてきた(ハンガーノック気味だけど生憎おやつの一口羊羹を持ってこなかったぁ)ので、ベンチのある休憩スポットで休むことにした。

そこまでの距離は1kmほどだから「頑張れ俺」

早い流れにめげず数羽の鵜が魚を漁っていた

木曽川の流れをぼ~ッと眺めながら10分ほど休憩したら少し気力は回復してきた。

当初予定では、帰路は尾濃大橋まで行って羽島経由の遠回りをする心算だったが、未だ身体が拒絶反応してるのでそれは無理強いに近い。

と云うことで、心を身体に合わせるのが妥当と判断して、木曽川橋を渡って帰ることにした。

あと30分で向い風&疲労との不利な戦いも終わる・・・。

木曽川橋を渡って帰れば居宅もそれほど遠くない

 

 

 

 

 

 

 

 

夢想してみた

 

今日は上空に寒気があるせいか、何本もの飛行機雲が青空を縦横に走っている。

それを見上げながら、「もう随分と長く飛行機に乗ってないなぁ」と意気消沈の溜息が漏れたのだが、それもそのはずで前に飛行機に乗ったのは妻と行った欧州旅行の時で、あれから実に8年も経つ。 

これはその後に家を3日と空けられない事情が生じたからで仕方がないのだが、そんな時に想うのは「いつかはこんな旅がしたい」という夢想だ。

飛行機雲を見ると「何処か遠くへ行きたいなぁ」って思うよね・・・

先日も「船で世界一周するとしたらどんな感じかな?」と出し抜けに想って、半分遊び半分本気のモードで調べてみた。

現在、日本を発着の世界一周クルーズは、飛鳥Ⅱ(郵船クルーズ)・にっぽん丸(商船 三井)・ピースボートの3つがあり、何れも100日ほどの期間で地球を一周するモノ。

費用(スタンダードクラスの場合)は飛鳥Ⅱとにっぽん丸が900万円~でピースボートが300万円~と大きく異なるが、これはそのクルーズ全体の質の違いによるもので、要は旅行者本人がゆったり旅行 or コスパ旅行のどちらを指向するかによってどの船旅を選ぶかが大概決まる。

まぁ若者ならピースボートだろうが、小生の様な年寄りとなると飛鳥Ⅱかにっぽん丸を選ぶのが妥当?と云うことになるが、現実問題として2,000万円近い金額(妻と2人で)を旅行代として一気に出費するのは、今後の余生を考えても当然のごとく無謀だ。

世界一周クルーズのimages

結局「宝くじで1等が当たらないと世界一周クルーズなんて無理だね」と云うのがこの小生の夢想の結論なのだが、一方でその夢想を実現している金持ち連中が一定数で居ることも隠しようのない現実の側面である。

 

先日の朝日新聞朝刊に先進国の富裕層が持つ資産の表が載っていたが、我が国では上位1%の金持ちが国民全資産の24%を保有しており、上位10%の金持ちまで含めると実に57%の資産を持っているとの内容だった。

40年程前には国民総中流社会を謳歌していた日本だが、小泉政権以降の構造改革・規制緩和を契機とした非正規雇用の増加(多くの人達が中間層から貧困層へ転落した)や、富裕層の所得税率引き下げ(最高税率が70%→45%)金融緩和・株高による金融所得の増大等により、今や貧富の差は”社会不安”を誘因する危険水域近くまで到達しつつあると考えた方が良さそうだ。

各世帯数と保有資産割合(野村総研2023年度資料より)

それを現わすのは昨今の社会状況で、現状に不満を持つ中間層から転落した人々の意識と行動が一つのうねりとなって社会を変えつつある。

だが問題はその方向だ。

生活困窮者へのバッシング、障害者や外国人への差別、SNSでの謂われなき誹謗中傷といった ”弱者による弱者いじめ” が横行する社会は、当然ながら”健全な社会”とはとても言えない。

国民の多くが賢明であるならば、今本当に指向すべきは貧富格差の是正で、様々な施策でそれを成しうる政権の確立と気づくだろうが、実際にはその動きの気配さえ窺えないことに、最近の小生は大いに失望を深くしている・・・。

 

 

さてライドだが、半分開けた窓から初夏の風が吹き込んでカーテンを揺らすのをぼ~と眺めながら「今日はどこへ行こうかなぁ」と考えた。

揖斐や山県の山辺がまず頭に浮かんだが、今の体力と気力の充実具合(半年前の7割?)からして「まだ早いんじゃねぇの」と自制する声?が聞こえて止む無く却下し、結局は安全牌の「長良川を下流方向に走るか」に落ち着いた。

天気が良いので川沿いに走るのも愉しそう・・・

長良川左岸の堤防道路を2kmほど走ってから、日置江地区の導入路から河川敷に敷設された河川管理道路に入る。

此処から14kmほどは車に注意する必要が無いので、小生の悪い癖であれこれと物思いに耽りながら走っていても安全上の問題はほゞ無し。(以前下を向いて走っていて路傍からはみ出た叢に突っ込んで転倒しそうになったことはあったけど・・・)

しばらく行くと草原で模型飛行機を飛ばすおじさんが3人いた。

いつもは道路でラジコンカーを走らせる人達が集まる場所だが、今日は空って訳かと変に感心しながら通り過ぎる。

河川敷には野球やサッカー・ジョギング等のスポーツを愉しむ人やバードウォッチングの人・魚釣りの人も集まるのだから、考えれば実に不思議な空間だ。

遅々としてだが新橋の建設工事も進んでいる(羽島市小熊付近)

福寿町の東海道新幹線跨川橋付近、羽島駅に停まる列車が減速して通過する様子を眺めながら走っていたら、すぐ脇を若者ローディーが無言のまゝで抜いていった。

全く予期してなかったので「オッ」とビックリして遠ざかる後姿を眼で追うが、最近はこんな感じで駿足?で追い抜かれることが茶飯になった。

10年前は前走者を抜くこともあり、5年前は抜かれたら追走していたが、今じゃ抜かれても追う気力・脚力さえ無いのだからしょうがない・・・。

チョイと一休み、それにしても良い天気だなぁ

河川管理道路を南端(桑原町)まで走り、その先は堤防道路に走路を替えて更に川下へと向かう。

途中までは「背割堤を三川公園まで走るかぁ」と意気込んでいたが、「往復で20kmか休憩を入れると1時間かかるなぁ・・・」と思い直して、結局は三川分流碑まで行ってUターンすることになった。

 

南濃大橋を渡って平田から輪之内へと走る。

時刻は丁度正午過ぎ、上天から降り注ぐ日射と体温の上昇で少し汗ばんだ身体のせいで何だか気怠さを感じる。

まだ6月初旬だからと、長袖の下にアンダーシャツを着込んだのが間違いだったと後悔しつつ、路肩でバイクを停めてウェアのジッパーを中ほどまで下げた。

ついでに水分補給しておこうと傍らに眼をやると、畑で収穫を待っている茶色く実った小麦が、「暑いねぇ」と語りかけている様だった。

  南濃大橋を渡る           橋上からの川上方向の眺め

実入りよく育った小麦は収穫を待つばかり(平田町)

大榑川から中江川と川沿いの道を辿りながら向かったのは本戸輪中堤。

居宅庭の紫陽花が沢山の花弁を付けていたので、この花の名所も「見頃になってるんじゃないかな」と手前勝手に思って訪ねたのだが、そこで小生を迎えてくれたのは紫陽花の花ではなく山羊だった。

メェ~メェ~と鳴いて近寄ってきた山羊達の歓迎に心は和んだものの、紫陽花は殆どがまだ蕾で見頃には程遠かったので、「しゃぁないなぁ」と独り愚痴って早々に退散することと相成った。

本戸輪中堤傍の村社、静かだなぁ・・・
出迎えてくれた山羊もやがて何処かへ    紫陽花はチラホラ咲いているだけ

本戸輪中堤が駄目ならば墨俣の犀川堤はどうかと早速向かったが、此処もやっぱり少し早かった。

庭先の紫陽花は色んな所で花開いているのに、堤などに列植された紫陽花が未だ蕾なのは陽当たりや植えられた場所の養分が影響しているのかも知れない?

そんな確証の無い考えを脳裏に思い浮かべながらゆっくりと帰路についた。

長良川右岸サイクリングロードを走って帰る

 

 

 

 

 

 

 

初夏の風を感じて

 

春先に体調を崩して以来、身体を積極的に動かそうという気力を失ったまゝ無為徒食の数ヵ月を送ってしまった。

そのせいで腹回りは”ポッコリ”となって、衣替えで出した昨年まで楽に穿けたズボンが窮屈で仕方がない。

先日のTV番組で「BMI25~30の軽度肥満の方が長生き出来る」と言っていたが、最近  顕著に衰えを感じる様になった自身の心肺機能を考えると「やっぱりここは痩せるため身体を動かさ無くちゃなぁ」と思った次第。

 

そんな訳で倉庫からロードバイクを引っ張り出し、うっすらと被った埃を水洗いで落として天日で乾燥した後は、バッテリー類(Di・サイコン・照明灯)の充電とセンサーのボタン電池交換をおこなって一応の準備は完了。

今年で10年選手になるDeRosaは所々に傷があって老兵の趣があるが、フレームの堅牢性に問題は無さそうなので、まだまだ現役を続けて貰う心算だ。

また8年目のLaPierreは昨年あまり乗らなかった(ハンドル幅が若干広くて前傾姿勢での上体疲労感?があった)ので、今年はその対策を講じて乗る頻度を何割か多くしていかなくちゃならない。

一方Colnagoは3年目を迎えるディスクブレーキ車だが、これだけ変速系がワイヤー式なので、105Diに交換するかどうかでチョッピリ(変速動作に不具合は無いので)悩んでいる。

前後変速機とシフトレバー+バッテリーの中古セットが6万円位で有れば即買いなんだけどなぁ・・・。

庭の紫陽花が花開いた

話は変わるが、左足首の手術以降はビンディングペダルとシューズをSPDタイプに替えているのだが、この1年程前から歩行時に足首を外側に捻ることが多くなった(これは結構痛い上に人工関節の不具合起因にもなる?)ので、シューズ底面がフラットなモノに替えて万全を期すことにした。

これにより手持ちのシューズ2品(サイズは40:25~25.5cm )が不用になるが、どちらも使用頻度が僅かで(2~3回穿いただけ)捨てるには忍びなく、使って貰える方が居たら差し上げたいと思っているので、ロードバイクorマウンテンバイク初心者で、そろそろビンディングペダルでの走りにトライしたいと思ってる御仁は、次のアドレスまでご連絡いただけると有難い。

< E-mail:s1yoshi5168@outlook.jp >

(申し訳ないけど宅配便送料着払いをご諒解いただけるのが条件で先着2名様です)

穿いてくれる人が居たらこのシューズ差し上げます

さて今日は穏やかに晴れた好天なので、これに眼を瞑って出掛けない訳にはいかないとライドの準備を始めた。

バイクはDeRosaにするかColnagoにするかでチョット迷ったが、ライディング姿勢が最も楽に取れるのがDeRosaなので「今日のところはこれだよな」と小さく独り言を呟いて決めた。

とは云っても約3ヶ月振りにバイクに乗るので、身体が順応出来るのか?それがどうも不安だったから、行先は近場の長良川左岸河川敷道路とし、軽めに40kmほどを走って様子を伺うことで自分の弱気と折り合いを付けた。

 

まずは街中を西へと向かう。

新しいシューズは平底なのでペダル面で滑ってビンディングが上手く入らないが、位置感覚を掴めば1発でカチッと入る筈で全体的な感じとしては良さそう。

自転車の青切符制度施行で今まで以上に停止動作が求められるが、ビンディングの脱着が億劫だと停まる意識も減って安全面で問題だし、何よりも自転車に乗る愉しさが半減してしまう恐れさえある・・・。

河川敷道路を快走すれば気分も爽快になる

日置江で長良川左岸河川敷道路に下り、Uターンして上流に向かって走る。

緩い西風が左手後方から吹いているが、走りを助けるほどではなくただ5月末の薫風で優しく身体を撫でてゆくだけ。

しばらく忘れていた自転車を駆る爽快感を全身で感じながら、眼前に拡がる河川敷景色に視線を送って「好い季節になったなぁ」と暗黙裡に語りかけた。 

 

10kmほどを軽快に走って忠節橋下まで来た。

視線を左に振って川を見ると、岸辺近くの流れに入って釣り竿を振る人が居た。

「はてこの時期に何が釣れるのかな?」サツキマス?アマゴ?まさかアユじゃないよねと、釣りは門外漢の小生の疑問が膨らんだ。

1分ほど見ていたが、そんな短時間の内に魚が偶然にも釣れる筈がない。

「頑張って釣って頂戴」と無言のエールを釣り人に送ってペダルを踏み下した。

さて、川沿いを何処まで遡るかなぁ・・・

河原町から納涼台を通って鵜飼大橋へと走る。

昔の町並みを残す河原町の表通りにはいつになく人出が多かったが、あれはNHK大河 ドラマ「豊臣兄弟」の影響で岐阜市を訪れる観光客が増えたせいかな?

偏屈な性格の小生は、岐阜には郡部の方にこそ見所がいっぱいあるので、是非そちらにも足を運んで貰いたいもんだと”陳腐な郷土愛”と判りながらも思った・・・。

 

千鳥橋まで行って、そこで折り返して長良川右岸の旅館街まで戻ってきた。

久々に30kmほどを走ったせいか?少し脚に疲労感があるので河畔に設けられたベンチに座って暫時の休憩。

2週間ほど前までツブラジイの黄色い花で所々が黄金色に染まっていた金華山も、漸く落ち着いた緑の山へと変わって初夏へと急ぐ季節を体現している。

滔々と流れる川面に視線を落として沈思黙考していると、突然背後から声が聴こえた。

「DeRosaですねぇ・・・」

振り向くと、小生と同年配と思しき男性がにこやかな顔でバイクを覗き込んでいた。

どうやらロードバイク同好の士の様で、それから5分近くバイク関連の話をして心の和む時間を過ごした。

河畔のベンチで景色を愛でながら和んだ

心身共に疲れる煩雑な市街地を長い距離走るのは嫌なので、往路で走った長良川左岸の河川敷道路を出発点まで戻って帰ることにした。

あと10kmチョットだが2時間前みたいな元気はないので少し時間がかかりそうだ。

情けないがこれが現実と云うもの・・・・。

遠回りして帰るのも愉しい

 

 

 

 

 

 

残雪を眺めながら

 

今回の衆院選の結果を見ながら、政治に期待するのは当分の間止め様と思った。

この先4~5年で済むと良いが、ひょっとすると10年以上と長くなるかも知れない。

ひとかどの民主主義を標榜する国において政治は民意の体現であり、その民意の方向が大きく変わるには時間(現実の蓄積)が必要だからだ。

我が国の今の政治状況は小生には好ましいものには思えないが、敢えてそれを多くの人々が選んだからには、その政治が今後の経済の舵取りを担うだけに、この国が諸外国の発展から取り残されて現状よりも更に劣化し寂れていく様を目の当たりにすることになるとしても、人々は意に反したその結果を他者のせいにはせず”自らの判断が招いたもの”として責任の一端を負う覚悟が求められる。

しかしこれは”言うに易く行うに難し”の行いである事は、多くの歴史がそれを証明している。

(例えば、日本が満州国建国から太平洋戦争へと侵略戦争の道を突き進んだのは、軍部の独断専行と対外強硬策を支持する世論が相互作用した結果だが、敗戦後に多くの人々は「軍部の嘘に騙された」と自分達の責任を回避した)

”無責任な政党と無責任な有権者”この構図が描く国の未来は暗く悲惨だ・・・。

果たして虚像の先に光明は在るのか?

それにしても、国政に関わる政党や議員らの本質的使命は、長期的な展望をもって国益にかなう政策を構想し実行する事にあるのだが、現実には今回選挙の争点の一つだった消費税減税の様な、短期的成果(長期的には成り立たない施策)を優先する政策立案が常態となっている。

この大きな理由は選挙制度だ。

政党や議員は数年毎の選挙で評価されるため、有権者に分かりやすい即効性のある施策や利益誘導を重視し易く、また世論やメディアの関心事が目先の問題に集中し易い事も影響する。

だが、こんな事を続けていては我が国の国力は先細りするばかりなのは自明。

選挙が終わったからには、当選した議員らには”低賃金にあえぐ国民生活”という全ての問題の根源を取り除くべく、長期展望の下で一致団結して「働いて働いて働いて働いて働いて」貰いたいものだ。(願望に終わると解ってるけど・・・)

 

 

さて、小生の普段の居場所である居間から窓外を覗うと、向かいの家の屋根に消え残った雪が見える。

今冬は濃尾平野の北辺部に位置する岐阜市でも降雪が多く、既に5~10cmの積雪となる日が4回もあった。

例年2月末までは寒いから、あと1回は「雪が積もる日があるかも知れないなぁ」と残雪をぼ~っと眺めながら思った次第。

冬になると休日の何日かをスキーに充てていた30代後半の頃、天気予報で岐阜県山間部に雪と聞くと「沢山降ってくれよぉ」と手前勝手に思ったものだが、今じゃ降雪は単に冬季の気象現象の一つに過ぎず大して感慨もない。

冬の到来が待ち遠しかったあの頃は遠い過去となり、「冬は足早に過ぎ去って春よ急いで来い」と願う様になった今日この頃、歳をとって季節情緒に味も素っ気も無くなるのはチョットだけ哀しいもんだ。

コルチナダンペッツォ この景色の中で滑るのって爽快だろうなぁ

伊吹山は近場のお手頃スキー場としてよく通ったが、向かいにある霊仙山(1,094m)も幾度となく登りに行ってその自然を愉しんだ。

関ケ原方面に雪が降ったある冬の日、東海道本線に乗って醒ヶ井駅で降りると辺り一面は雪景色だった。

醒ヶ井の街中では数cmだった積雪も、山中に入るに連れ雪嵩が増して遂には輪かんじきが必要になり、一歩一歩が鈍くなって歩む速さが遅くなる。

「数百m歩いて一息」を幾度か繰り返しながら登路の1/4辺りを過ぎた所、ふと頭上を見上げると樹枝に座した野猿の群れがこちらをジッと見下ろしていた。

こんなところで猿に襲われたら「たまったもんじゃない」と、刺激しない様に顔を伏せてそっとその場を離れた。

そしてその数百m先、今度は純白の雪面上に点々と続く赤色が眼に入る。

どうやら何物かの血の様だが、それを滴らせた物の姿は近くに見当たらず、一抹の不安が脳裏に芽生えたがやがてそれも消えていった。

霊仙山は樹氷が綺麗に育つ(背後の伊吹山も絵になる)

氷瀑と化した漆ヶ滝を遠巻きして登ると、そこからは尾根上まで続く急登。

雪に埋もれた谷筋を全身を使って登ること40分余り、ようやくの思いで尾根上に出たものの、実は此処からが本当の試練だった。

霊仙頂上まではあと1km弱の距離を残すが、腰まで沈む積雪に阻まれて容易に前に進めない。

ラッセルに次ぐラッセルで全身に疲労は溜まっていくが、10分で進める距離は50m足らずと微々たるもの。

「これじゃ頂上に着くのはいつになることか?」と暗澹たる気分が心を侵食し始めたのは否めない。  

それでも遮二無二にラッセルを続けたが、遂に経塚山の手前で心がポキッと折れた。

「もう諦めて帰るぞ」と決断すると、それまで重かった身体が急に軽くなった様に感じられたのは自然のことだ。

霊仙山は晴れて穏やかな日は雪原漫歩が愉しめるが・・・

いつもなら下山は別ルートで柏原駅へと向かうが、この時は疲労感がそれを許さず自分がつけたトレースを辿って帰ることにした。

谷筋を滑る様にして下り雪に埋もれた丹生川まで来ると、後は起伏の少ない雪道をのんびり下るだけ。

野猿の群れと遭遇した場所で辺りを見回したが、やはり彼らの姿はどこにもなかった。

餌を求めてどこかに移動したのだろうが、自然の厳しさの中で生き抜く動物達の逞しさを独り静かに想った・・・。

 

 

 

 

サクッと走ろ

   

先日行われた大学入学共通テストの試験問題を生成AIに解かせたところ、全16科目中の9科目で満点を取ったとNewsが伝えていた。

それによると、使われたAIモデルはGPT-5.2Thinking・Gemini3.0Pro・Claude4.5Opus の3種で、9科目満点の成績を上げたのはGPT-5.2(Gemini3.0は2科目・Claude4.5は3科目で満点)だけだったが、昨年は1機種も満点を取れ無かったことを思うと、生成AIの進歩には目を見張るものがある。

この調子だと、来年の共通テストでは「全科目満点を取るに違いない」と予想しても、あながち間違ってはいないだろうと小生は思う。

 

生成AIは、質問文をまず細かく分解し文法構造や語と語の関係を解析した上で、文脈や使われている表現からその質問が何を求めているのかを推定する。

次に、学習して持つ大量のバックデータからその質問意図に最も合致すると考えられる情報を選び出し、それを基に回答を書く段階では、文脈として自然に続く語を確率的に選択して文章を構成する。

この過程を繰り返すことで全体として筋の通った回答文を作り出すが、生成AIは回答の意味・正誤を判断している訳ではなく、言語のパターンを高度に利用して適切に見える文章を構成しているだけだから、質問意図の推定~回答文の作成の過程のどこか一部分で間違った選択をすれば、自ずとその回答は正確性を欠くことになる。

これがAIの専門家がよく言う「AIはもっともらしい嘘をつく」と云うことの背景だが、何事も”懐疑的に観る”性癖の小生は、そんな言を聞くと「それっておかしくねぇ?」といつも思う。

確かにAIがいつでも100%正しい答えを出すことは(今は)無い(ディープフェイクは人が指示して作らせたものだしね)が、人間に比べればその嘘をつく頻度・確率は極めて少なく、何を基準にそれを言っているのか全く解らないからだ。(だって質問に答える能力を持っているのは人間とAIだけなんだから)

可愛い嘘なら許せるけれど・・・

意識しながら嘘をつくのは人間の専売特許みたいなものだが、特に”政治に関わる者”にそれが顕著であるのは悲しむべきことに事実だ。

虚栄と嘘が人型を纏ったようなトランプは別格としても、プーチン習近平ポピュリズム政治家の面々・・・と枚挙に暇がないが、不可解(個人的主観だけど)な人気?を背景に衆議院解散の暴挙に出た我が国の首相も嘘発言(と失言)の多い政治家の一人。

「働いて働いて働いて働いて働いてまいります」って迷言?を吐きながら、実際は全然働かないまゝ(言わなくてもいいことを言って日本の国益を大きく損なう働きはしたが)新年度予算成立も放り投げて解散するなんて、責任ある立場の者がすることじゃ無い。(確か首相就任時の会見で「経済対策最優先で解散など考える暇はない」とも言ってたよね)

 

朝日新聞の調査によれば、今回の解散総選挙の賛成意見は18~29歳で67%(反対19%)と一番多く、年代を追う毎にその割合は減って、70歳以上では20%(反対64%)と云うことだった。

この賛成割合の年代別傾斜をどう考えれば良いのだろう?

近くの小学校校庭で遊ぶ児童の嬌声が風に乗って耳へと届くのを聞きながら、この子達の未来が”明るく望みあるもの”になる「足掛かりを作る選挙結果になるといいなぁ」と、多分叶わない儚い望みと知りながら独り静かに思った・・・。

 

 

さて今日は、寒波と寒波の狭間の比較的暖かい日になったので、サクッと3時間ばかり走ってみようと車庫からバイクを引っ張り出した。

行先は昨年11月以来の木曽川サイクリングロードで、近場なので”もし嫌になっても”(何だか疲れているので)すぐに帰ってこられるのがこの走路を選んだ理由。

 

木曽川橋を渡って愛知県側の北方広場からサイクリングロードに入る。

数年前までは、サイクリングロードを駆けだすと「走ってやるぞぉ」と気分にスイッチが入ったものだが、今じゃSlow paceを維持したまゝ淡々とペダルを漕ぐのが常。

それでも頬を撫でていく風は ”凛として爽やか” で、風を切って走る自転車に乗る愉しさを変わりなく小生に与えてくれる。

冬の空は高くて青い、上天を見上げながら「今日も善い日になりそうだ・・・」と何気に思った。

北方広場は暖かな陽光に包まれていた

平日の(そして冬の)サイクリングロードに人影は薄く、此処まで1人のローディーと擦れ違って挨拶を交わしただけ。

何の気遣いもせず走れるのは好いが、「殺風景で無味乾燥な感じがするなぁ」といつになく感傷的な気分になって眼の前に広がる風景に視線を投げた。

この先の分岐、直進するか右折するかで気分も変わる?

「さてどうするかなぁ」それぞれの走路を脳裏に思い浮かべながら、束の間コース選択に明け暮れた。

冬の木曽川サイクリングロードは少し淋し気・・・

138タワーに寄った後、川島経由の遠回りをしてサイクリングロードに戻ってきた。

先日の TV-News がフラワーパーク江南のチューリップが咲き始めたと伝えていたが、画像を見る限り”まだまだ”の感じだったのでスルーすることに。

寄り道は嫌いじゃないが時間が押してるので仕方ない、「また今度観に来れば良いさ」と自分を慰めて先へと走った。

傍を通っても138タワー展望台には上がったことが無い

犬山まで走ると往復1時間(休憩含む)はかかるので断念して、愛岐大橋を岐阜県側へ渡って右岸サイクリングロードを下流方向へと向かう。

先刻から各務原飛行場を飛び立った輸送機がGo Around訓練しており、轟音を響かせて何度も頭上を通り過ぎる。

「あの操縦席から地上はどんな風に見えてるんだろうなぁ」

むかし北海道からの帰り飛行機から観たこの辺りの風景を、脳裏に朧気に蘇らせながら他愛もなくそう想った。

飛行機はこの上空で左旋回して滑走路へ向かう

ノンビリ気分で走って”アクアトトぎふ”まで来た。

平日にも関わらず駐車場にはソコソコの車があり、近頃の水族館人気が窺われる。

動物好きの孫達を連れてきたのは4年前の夏だが、あの時は駐車場が満杯で車を停めるのに苦労したのを思い出した。

今は容姿も変わって大人びてきた孫達だが、今年の夏もじじばばの所に来てくれるんだろうか?

アクアトトは淡水棲動物を展示している水族館

右岸サイクリングロードを笠松湊公園まで走ってから帰途に着く。

想定時間を少し超過しそうだが、まあまあ愉しく走れたので善しとしよう・・・。