風を道連れに

☆あるボッチローディーの独り言☆

自己満足ですけど

 

先日、すっかり倉庫化した書斎の整理をしていたら昔懐かしいものが出て来た。

それは40数年前に、小生が編集人となって発行?した”等高線”という、山歩きをテーマとした同人誌で、裏書きに第1号とある。

あれは確か3号(少くなッ)まで出したから、その栄え?ある第1号という訳だ。

表紙を開いて目次を見ると、それぞれの山行をテーマに小文を寄せてくれた山仲間の名が並んでおり、その懐かしい名の一つひとつに、一緒に登った山やその当時の面影などを思い出してしばし感慨に耽ったのは言うまでもない。

その中の2人とは今でも賀状等のやり取りをして近況を知るが、他の人は音信も途絶えてから久しく、今はどんな風に暮らしてるんだろう?果たして元気にしてるだろうか?と知るよすがも無いことに思いを馳せてしまう。

 

この同人誌はB5版の小冊子(第1号は総頁46ページ)なのだが、小生が自らの手で活版(孔版)印刷したことから、その作製には随分手間取った記憶がある。

あの頃はまだパソコン・プリンターはおろかワードプロセッサーも無かったので、寄稿者からの手書き文は全て和文タイプライターで原稿化し、大文字やイラスト(小生多少絵心に自信あり)も加えてページレイアウト調整しなければならなかった。

こうして出来た複数の原稿を、光謄写機を通してスクリーン状の版に孔版化することでようやく印刷原版が完成。

あとは謄写機にセットして印刷するだけだが、50部分も刷って製本するとなるとそれも結構大変で、結局のところ原稿依頼から同人誌発行・配布までに2ヶ月半近くかかってしまった。(様な気がするだけで定かではない)

 

まぁ所詮同人誌の発行なんて自己満足の行為に過ぎないんだけど、皆から「ご苦労さん有難う云々・・・」と言って貰った時はチョット嬉しかったなぁと縁が古色にくすんでいるページを繰りながら、遠い昔を思い出して懐かしんだ次第だ・・・。

 

さて、今日は寒波の影響で天候不順との予報だが、今のところ西方も晴れ間が広がっているので、予定通りライドに出掛けることにした。

行先は「本巣から揖斐・池田と山の縁に沿って走ってみるか」という曖昧なものだが、まぁ道を進むうちに「ルートも自ずと定まる」と云ういつもの思考だ。

長良川左岸堤防道路からは西~北方面の山並みがよく見える

街中を抜け視界の拡がる長良川堤防道路に出て前方を見ると、揖斐・池田辺りの山々が随分と白くなっており、その麓にもそこそこ降雪があった様子が覗われる。

「こりゃぁチョット拙いなぁ」とバイクを停めてしばらく思案、やっぱり雪道や凍結道は走りたくないので行先を変えることにした。

こんな風に出鼻を挫かれた時に遠くまで足を伸ばす気力が失せるのが年寄りの証拠?で、近場でどこか・・・と考えた末に決めたのは平田リバーサイドだった。

 

河渡から穂積⇒墨俣へと走り、犀川堤のサクラ道(葉の無い枝だけのトンネルは寒々として味気ないもんだ)を南へと向かう。

川面にはカモやカイツブリなどの水鳥が静かに漂っており、殺風景な中いつもと変わらないこの時期の風物詩を眼にすると、少しばかり心が和んでいく気がしないでもない。

墨俣に向けて自転車専用道を行く           犀川堤の道    

到着したリバーサイドプラザには、ジョギングを楽しむ6人グループと遊具で遊ぶ家族連れ2組がいるだけで、ここで度々見かける高校自転車部員(多分ここが練習場?)は居なかった。

「これなら周回コースは独占だな」と独り言をポツリ、誰気兼ねなく走れるというのは小生にとって無上の喜びと言ったら変人扱いされるか?・・・。

ここの周回コースは1周が4㎞あり、1周目は無理ないスピードで走って2周目以降からはスピードUPして7周回するのがいつものルーティン。

調子が良ければ1時間を切って走れるが、体調や風向きなどのマイナス要因が強ければ 1時間オーバーとなり、最近は1時間切りが出来ない不本意な走りが続いている。

今日もそこそこ頑張って走ったが、結果はやっぱり1時間切りが出来ず、チョットだけがっかりだった。

リバーサイドプラザの周回コースは南北に長い

走り疲れた(と言うほどでも無いが)身体をベンチに預けて癒していると、俄かに頭上から小雪がチラついてきた。

養老山地上の雪雲から風に乗って運ばれてきたものの様で、直ぐに空模様が悪くなるといった感じは無いが、かと言って全く心配無用といった様子でもない。

しかし、しばらくすると陽も陰ってきて「こうして居ても身体が冷えるばかりだな」と思えたので、長居は無用と判断して帰ることにした。

西方の雪雲が厚くなって冷たい風も吹き出し

帰路は、大藪大橋を渡って長良川左岸河川敷の管理道路に入るルートを想定、この走路ならしばらくは車と競合せず安心して走れる・・・。

ところが、橋を渡った先の河川敷は1kmほどに亘って工事通行止めとなっており、やむ無く堤防道路を車を気にしながら走らざるを得なかった。

「全く世の中思い通りにいかないなぁ」と愚痴を吐きつつ、工事場所を横目に見て通り過ぎた。

堤防道路⇒河川敷道路⇒堤防道路と走り継ぐ

長良大橋が見える処まで帰ってきた。

まだあと8kmほどを走らなければならないが、向かい風がそこそこ辛いので、この先は堤防下道をしばらく走ってから街中へと向かうつもり。

今日は当初予定のライドとは全く違ってしまったが、まぁそれなりに納得?のライドになったんじゃぁないかなと思う・・・。(これも自己満足でしかないか?) 

 

 

 

サイコン無くてもいいか?

 

3年半がかりで建設されていた岐阜県庁の新庁舎が昨年12月に完成し、この4日から開庁し一般人も入れるようになったので「チョット見学してみるか」と野次馬根性?丸出しで出かけた。

場所はこれまでの庁舎の東隣で、新旧が並び建つその構図には”何か意味ありげ”の感を持ってしまうのは、少し疑り深いところのある小生の性癖故か? 

今は旧庁舎となったこれまでの建物には、勤め人の頃には許認可の申請・打ち合わせや各種届出などでよく訪れたが、あの頃は「県職員の仕事は民間に較べ余裕があるなぁ」などと、職員の仕事ぶりを盗み見ながら不遜にも思ったりしたものだ。

新庁舎はセキュリティーも厳重になって、以前の様に部外者が自由に行政エリアに入ることは出来ず、来庁者は入庁証(ICカード)の貸与を受ける必要があるとのこと。

まぁ確かに県庁(行政)には色んな情報が集まるから、今の時代それは必須の対応だなと理解した。

新庁舎(左)と旧庁舎(右)建物の大きさが随分違う

そんな入庁証を持たない者が入れるのは、1・2階の供用エリア(食堂やコンビニ売店・ギャラリー他)と20階の展望エリア(清流ロビー)。

地上90mに設けられたこのロビーからは360度の展望が楽しめるとのことだったので、多少高所恐怖症の気がある小生ではあるが”ものは試し”と行ってみた。

高速エレベーターに乗るとあっという間に20階に到着。

その昔、ニューヨークのエンパイヤステートビルに行った時、地上320mの展望台へと上がるのに1分以上かかったと朧げに記憶しているが、現在の世界最速エレベーター(日立製)は分速1260mで上がるらしい。

何とも凄いスピードで「構造的に大丈夫なの?」と思ってしまうが”素人の考え休むににたり”でここは問題なしと納得するしかない。

 

4方が全面ガラス張りとなったロビーをユックリ巡りながら、眼前に広がる景色を満喫する。

天気が良いので遠くまで見通せるが、西と北の山波の辺りに雲が多いのは残念。

金華山の右肩に白く雪を被った御嶽山が見え、その左側の百々ヶ峰の奥には市街地からほとんど見えることのない乗鞍岳も顔を出していることから、視界を遮るあの山並みの上の雲さえなければ「ひょっとして加賀白山も見えるんじゃないか?」と高山を眺めるのが好きな小生の期待がチョットだけ膨らんだ。

    岐阜市中心部         北には奥美濃に続く山並みが連なる

休憩用に置かれたソファに腰を下ろしながら「これは良いところが出来たなぁ」と誰にも気付かれない様に内心ほくそ笑んだあと、今度来た時は安い(490円)と評判の定食を食べに「食堂に寄ってみるか」と考えて、普段から昼飯は摂らないのに何をまた愚にも付かない無いことをと独り嗤った・・・。

 

さてライドだが、冬場は行動範囲が狭くなるのでどこへ行くかを決めるのに難渋する(いつも同じところばかり走ってられない)のだが、今日はあっさりと木曽三川公園へ行くと決めた。

理由は、昨年10月のライドを最後に3ヶ月あまり足が遠のいているので、久し振りに「この方面へと走って見るのも良いかな」と単純に思ったからで、何か特別な思惑が あったからでは無い。

 

バイクは2ヶ月近くも乗って無かったLapierreとし、タイヤに空気を入れ変速系の動作も確認して・・・とここまでは順調に進んだのだが、サイコンをホルダーセットして電源ONすると何とバッテリー切れの表示が出て「えぇバイクを替えろってこと」と思わず絶句。

バイクとサイコンはセットなのでサイコンがダメならバイクを替えなくちゃならないが、今更De Rosaを準備するのも面倒だし・・・と考えた末に出した結論は、サイコン無しで走ると云うこと。

ケイデンスもスピードもおよそは体感で判るし、それが大きく違っててもライドの支障になるなんてことは”これっぽっち”も無いからね。

 

木曽三川公園は木曽・長良・揖斐何れの川沿いを走っても行ける(名の通り3つの川が集まる場所)が、最も走り易い(小生の主観)のは長良川左岸堤防沿い。

しかし、木曽長良背割堤区間が工事通行止(2月末まで)なので、今日は少し遠回りになるが、走り易さは長良川沿いに次いで良い揖斐川沿いを走ることにした。

居宅から三川公園までの大体のルートを頭に描き「さぁ出発だ」とペダルを踏み出す。

墨俣付近の自転車道を行くと伊吹山がどこまでもついてくる

市街地を抜けたあと長良大橋を渡って右岸堤防道に入る。

誰も通らない道をバイクで独り走るのは実に気持ちが良く、ハンドルから手を離し両手を広げて空気を胸いっぱい吸い込めば、冬の冷気が身体の隅々まで沁み込んで、眠った身体を覚醒させてくれる。

右手奥には秀麗な姿の伊吹山が見え、あたかも小生と伴走してくれている様だ。

よく思うのだが、伊吹山は岐阜・大垣辺りから見ると高山の趣があって秀逸なのだが、琵琶湖側から見るとぼったりとして山容としてはあまり頂けない。

そういう意味からすると、滋賀県最高峰(一等三角点は米原市)で”おらが国の山”と自負する同県民には申し訳ないが、伊吹山岐阜県の山と言えそうだ・・・。

 

安八⇒輪之内と走り継いで平田までやってきた。

ここの秋葉神社では、例年2月の初旬に”今尾の左義長”として近在で有名な火祭り神事が催され、それを観ようと見物客らで大いに賑わうのだが、この3年はコロナ禍で中止となり今年も第8波の流行で見送りとなった。

例年この神社の前庭で奇祭”今尾の左義長”がおこなわれる

Withコロナが言われて久しいが、死亡者数が過去最多を記録する悲惨な現状に在っては、今まで以上にコロナ感染を警戒しなければならないのは当然。

そんな状況にも関わらず、先日岸田首相が感染症指定を2類から5類へ引き下げる方針を打ち出したのには正直魂消た。

「この人大丈夫?」これまでの数々の愚行?で岸田氏の政権首班としての器には疑問符が付きっぱなしだが、多くの国民は果たしてどう考えてるんだろうか?

 

今尾橋で揖斐川右岸に渡り、ここからは専ら堤防道を三川公園へと走る。

今尾橋を渡ると養老山地も近い      この堤防道を山の途切れまで走る

風があまり無いので陽射しを受けて気温も上がり、半袖+長袖とインナーを重ね着しているので少し汗ばむほど。

ジャージのファスナーを下げて首周りに風を入れると心持除湿されて快適になった。

左の川面そして右の山並みを眺めながら”ただただ走る”気分は最高で「今日はそこそこ良いライドになったな」と自己満足気味に独り呟いた。

 

木曽三川公園に到着し、タワー広場で小用を兼ねてしばらく休憩。

揖斐川越しに見る三川公園センター      展望タワー広場に人影はまばら 

この時期はイベント等の催しが無いためか?人はあまり居らず、辺りは閑散としたもので、青空に向かってすくっと建つ展望タワーも心無し淋しそうに見える。

「あの展望台からは周りがどんな風に見えるんだろうか?」「昔上がった五稜郭の展望タワーに形が似てるか?」等とあれこれもの思いに耽って束の間を過ごした。

 

帰路は木曽川沿いを走る予定だったが、長良川河川敷のトライアスロン会場を見て急に心変わり。

バイク&ランの5km周回コース(3kmコースもある)を1周してからそのまま長良川沿いを帰ることにした。

トライアスロンはあこがれ(永遠の)だが、そんな過酷なことが出来る筈ない小生には無人のコースをバイクで走って疑似体験するのが関の山だしそれで充分だ・・・。

会場の河川敷には過酷な闘いの場とは思えない風景が広がる

午後になって急に強くなった北西(左斜め前方)からの風にチョット苦しめられながら平田まで帰ってきた。

南濃大橋を渡って長良川左岸堤防を行けば残り18kmほど、風もところどころ追い風になるから少しは楽が出来るだろう・・・。

南濃大橋上から帰路方面を望む



 

 

 

冬川の流れに

 

先日のこと、何気なくTVを点けたら”ユーロヴェロ90000km”と題した番組が放映されていた。

ヨーロッパ中に張り巡らされた自転車道(ユーロヴェロ)を使い、1人の日本人俳優?がフィレンツェからプラハまでを自転車旅するという内容で、丁度画面ではヨーロッパアルプスの渓谷に沿ってイタリアからオーストリアへと山越えするところ。

小生は、イタリアはベネチア以北に行ったことが無いので、自転車でアルプスを越えるのがどれほどのものか想像するしかないが、自他?共に認めるヒルクライム嫌いなので「もし俺がこれをするとしたら相当の苦行であることは間違いないなぁ」とつい自虐的な感想を抱きつつ番組に観入った。

その後自転車旅は、ザルツブルグリンツチェスキークルムロフプラハ(終着)とオーストリアからチェコへかけての街々を巡りながら進むのだが、20年ほど前に番組と同様のルートを観光バスに乗って旅したことがある小生は、往時のことを色々と脳裡に思い浮かべながら、番組の視聴もソコソコにその追想に耽った次第である。

 

こういう紀行番組を観ると妙に好奇心が刺激されて”旅心”が騒ぎ出すが、諸般の事情があってこの5年ほどは”海外はもとより国内の旅行もままならず”というのが現在の小生の立ち位置。

いつかまた海外へと出掛けたいとは思っているが、その時に果たして小生の気力と体力はどうなってるんだろうねぇ?

それにしても、ヨーロッパの田舎道を景色を眺めながら自転車で走るなんて最高!

是非やってみたいが、自前のロードバイクを空輸するのは大変だから、レンタサイクルってあるんだろうか?・・・。

 

さて、今日は”どんより曇った気分的に優れない日(小生の主観)”だが、明日から3日間は天候不順が続くとTVで天気予報士が告げているので、それならばと重い腰?を上げて出掛けることにした。

幸い風はほゞ無風、気温も平年より3~4℃高めとライド条件としては良いので「そうだなぁ美濃辺りまで走ってみるかぁ」と普段冬場は向かわない北方面に行先を決めた。

 

まずは西に向かって走り、長良川堤防に突き当たると、そこからは河川敷に設けられた河川管理道路を上流(北東方向)へと向かう。

長良川の河川敷からは伊吹山がよく見える      広々とした河川管理道路    

ここの8kmほどは車に煩わされることなく専ら走りに専念できるので、その日の体調等を測るにはもってこいの道。

つい先日まではやゝ重たいと感じていた脚も、ようやく軽く回せる様になってきたのでどうやら「脚力も復調気味だな」と判ってひと安心した。

 

気分も上々に長良橋まで走ってきたのだが、その先金華山の麓を通る道路脇の自歩道でその楽しさに突然水を差された。

自歩道にはガラス片が散らばっており、乗ったままではタイヤが切れそうでとても前に進めず、止む無くバイクを持ち上げて渡るしかなかった。

「誰がこんなところにガラスを捨てた・・・」とつい悪態が口を突いて出るが、本当にこう云うのって自転車には致命的で、タイヤは簡単に切傷して走れなくなる。

こんな事を誰がしたか知る由も無いが”あんたがいらん物はわしもいらん”の名言?じゃ無いが、物を道端に捨てる不心得者には、その行為の結果をよく考えて行動して欲しいもんだ・・・。

鵜飼大橋付近               千鳥橋付近

日野から岩田と専ら自歩道を辿りながら芥見まで走ってきた。

傍らを伴走する冬の長良川は、水流も細くして瀬音さえ響かせぬままに凪た表情で流れており、そのそこはかとない寂寞感が、少し昂った小生の気持ちを鎮めてくれる。

” 冬河に誰呼びおるや谺なし:石橋辰之助 ” 今の心境はそんなところだ・・・。

静寂に包まれて川は流れる(古津付近)     カイツブリも静かに遊んでいた 

ここからは正面に冠雪した御嶽山雄大な山容が覗えるのだが、今日は生憎曇って遠くの視界が望めず、少なからずその眺望を期待していた小生にはちょっぴり残念。

まぁ山はいつも其処に在るので「またの機会だな」と納得して先に進むことにした。

晴れていれば遠くまで見渡せる美濃へと向かう道

芥見の先で長良川と別れて百年公園方面へと走り、関市小瀬で長良川と再び合流。

ここまで来れば美濃はもう近いので、川沿いの小道をユックリと辿りながら、どこまで走って終点にするかを思案した。

前回美濃へ来たのは、昨秋に”錦秋を求めて”美並まで走った時で、あれから2ヶ月は経っている。

あの時は美濃橋に立ち寄ったので「今日は小倉公園まで行って終りにするか」と迷わずに決めた。

あそこならベンチでのんびりと休めるし、綺麗に清掃されたトイレ(これって小生には休憩場所を決める重要な要素)もある。

川沿いの道を小倉公園(正面小山)へと走る

小倉山の高台から美濃の街並みを眺めながら15分ほど休憩したあと「そろそろ帰るか」と腰を上げる。

往路は長良川左岸に沿って走ってきたので、復路は専ら右岸側を走ることにした。

川というのは不思議なもので、右岸を行くのと左岸を行くのとでは、川の表情がどこか違う。

それは上流に向かう時と下流に向かう時にもあって、同じ場所を同じ様に眺めているのだが、どうも違う景色に見えてしまうのだ。

しかし、これは小生のその時の気分が眼に入るものを変質?させている可能性もある。

” 眼球に入った光が網膜で電気信号に変換され視神経を伝わって脳に届く ”のが我々が ものを見る仕組みだが、多分人間は脳に届いた電気信号を正確な画像として再生せず、脳内で都合よく加工しているのではないか?どうもそんな気がする。

人間ってつくづく自分本位の存在だと思う・・・。

優しい表情で流れる長良川(関市池尻付近)

いつものことだが帰り道はなぜか脚がよく回る。

今日も小倉公園を出発して川沿いの道に出てからは、気力充実?という感じでバイクを飛ばして一気に雄総まで帰ってきた。

と此処までは良かったのだが、「岐阜市街まではあと少し」という安堵感が気力を萎えさせたのか?金華山を真近に見るところで唐突に疲労感が脚や上腕に押し寄せてきて、それまでのスピード維持が辛くなった。 

「もう無理が出来る歳じゃないからなぁ」と自分に向けて呟き、金華山を望む長良河畔で小休憩することにした。

そんな悲哀を含んだ小生の言葉を体現する様に、今日の長良川はいつになく寂寥と流れていた・・・。

ひと気のない長良河畔も冬の長良川の風景

 

 

 

 

 

 

それにしても・・・

 

年末から遊びに来ていた孫達(姉弟)が、迎えに来た母親(次女)に連れられ東京へと帰っていった。

それまでの変化の乏しい日常が一転する様な、起きてから寝るまで何かと落ち着かない12日間だったが、彼らが居なくなってみると、その喧騒が居宅のどこからも聞こえないというのが何とも淋しい。

あと何年こんな風にして”じじばば”のところへ来てくれるんだろうか?

そんなことを思いながら、少し散らかった部屋を妻と片付けていると携帯が鳴った。

今は米国テキサスで留学生活を送る長女からのLINEで、近況を伝える文面に続けて屋外で遊ぶ孫達(こちらも姉弟)の動画が添えてあった。

年末までは零下の気温だったが、ここ数日は暑いほどの気温?が続いてるらしく、孫達は半袖姿で自転車に乗ったりラインスケートに興じたりしていた。 

長女家族が渡米して約2年経つが、こういうご時世なのでこれまで1度も帰国したことは無く、彼らの最近の様子はこうしてLINEを通して知るのみ。

まぁ記録媒体でも皆が元気にしている様子は判るが、やっぱり直に接して話しを交わしたいのが本音。

叶わぬ望みを胸の奥に仕舞い込みながら、何本かの動画を再生した・・・。

 

さて、今日は年明け最初のライドだが、午後から所用があって時間が無いので、あまり遠出はせずに近場を3時間程度走って済ませるにした。

天気はソコソコに良いし風も比較的穏やか、気温もこの時期にしてはやゝ高め(10℃ ほど)なので、例え時間制約があってもこんな日に出掛けない手は無い。

足首保護のためハイカットビンディングシューズを新調、調子はどうかな?

短時間で効率よく走るなら「木曽川サイクリングロードだな」と独断と偏見に基づいて行先を決め、バイクを其方に向けて走り出す。

3週間近くもバイクに乗ってないので、ライディング姿勢にチョット違和感を覚えるが、多分これは直ぐに慣れて忘れるだろう。

しかし、身体を包むこの軽い疲労感はどうも直ぐには消えそうもない。

「少し不摂生が過ぎたかな?」と最近また張り出した腹周りを撫でながら、後悔の思いに軽く苛まれた。

 

木曽川大橋を渡って木曽川沿川サイクリングロードへと向かう。

笠松湊公園から138タワー方面を望む     今日は木曽川に沿って上流に走る 

予定は、木曽川に沿って愛知県側を犬山まで走り、犬山橋で木曽川を渡って岐阜県側を笠松まで戻る沿川周回。

走行距離が60kmにも満たないので、途中で小休憩をとっても多分3時間はかからないと皮算用した。

 

サイクリングロードは思いの外(3連休の認識が無かった)人出があってチョット後悔したが「まぁ仕方無い」と諦めて、普段の走りより幾分かスピードを落とす。

それにしても最近のローディーは、挙手や会釈で挨拶をしても返さない人(年齢に関わらず)が多くなった。

まぁ挨拶するかしないかは個人の勝手なんだろうけど、それをしたからと云って個人の領域が侵される訳じゃ無いから、そこはマナーと割り切って面倒臭がらずにして欲しいもんだ。

木曽川サイクリングロード          138(いちのみや)タワー

扶桑緑地公園近くの堤防道走っていた時のこと、前方の幹線道から1台の車が堤防道へと入ってきた。

「あれっこの道は一方通行の筈?」と思いながらその先を見ると、脇道からパトカーが現れこの車を追う気配で「これは捕まるぞ」と思ったが、その後の展開は意外や意外。

あろうことかパトカーの前にいた車が何と堤防道路へと進入し、それに続いたパトカーが案の定サイレンを鳴らして停止を勧告した。

「あちゃ~何てこと」先に違反した車はそのまま走り去り、それに続いた車が捕まると云う不条理。

”世の中こう云う事ってよくあるね”的話だが、それにしても警察って違反をさせない様にするのが役目なのに、違反をさせてから取り締まるなんて「チョット間違ってるんじゃないの」と思わずにはいられなかった。

 

予定通り犬山まで走り、伊木の森の脇を通って前渡まで戻ってきた。

ここからはまた木曽川に沿って走ることになるが、昨年新設されたサイクリングロードがあるのでまずは其処へと向かう。

堤防下に伸びる新設サイクリングロード(各務原市前渡付近)

わずか800m足らずと短いが、新しい道は走っていて実に気持ちが良い。

しかし、新設された道を喜んでばかりではいられない。

岐阜県側のサイクリングロードは愛知県側に比べてローディーの利用度が低く、使われない道は管理も疎か(現に鬱蒼とした木立に囲まれ昼なお薄暗い場所や道全面の落ち葉で走行が危険な場所、路面状態の悪い場所等が多々ある)になって、それがまた利用度の低さに拍車をかける悪循環を生んでいるので、ここもそうならない様にと切に願うばかりだ。

 

各務原大橋を渡って川島経由で笠松へと向かう。

各務原大橋からは上流犬山方面の展望が拡がる

ところが河川環境楽園まで走ってきたところで、小川に架かる橋の工事で行手を阻まれてしまった。

「えぇ~いつこんな工事がはじまったのぉ~」と溜息が漏れるが引き返すしかない。

それにしても、期末になると彼方此方で官製工事が行われるのは、古くから日本各地で見慣れた風景。

だが、国の借金が膨大な金額になった現在、不要不急の公共工事は極力控えて貰いたいと思うのだが、今の政府はそんなことはお構いなしの大盤振る舞いの有様。

この将来に禍根を残す硬直的な行政の予算執行につい愚痴が出るが、そんなことをここで言ってみても、所詮無駄な事と諦めた・・・。

 

川島まで戻り、渡橋を渡って愛知県側のサイクリングロードへと入る。

往路では無風に近かった風が強くなり、向かい風となって吹きつけるのでスピードが上がらない。

「まぁ時間があるからユックリ行こう」そう自分に呟いてギアを1段落とすと脚が随分楽になった。

「いつもの休憩場所でチョットだけ休んでいくかぁ」前方に視線を投げながらまた独り言を呟いた・・・。

サイクリングロード脇の休憩サイト    木曽川の流れに癒されながら小休憩した

 

 

 

寒風との闘い

 

岐阜(美濃地方)ではクリスマス前後に初雪が降ることが以外に多い。

今年も例年通りに寒波がやってきて、窓の外では小雪が舞って積雪も10cmほど。

”White Christmas”なんて何だかロマンチックだが、小生にとって雪は、生活のリズムを乱す邪魔者の側面が強い。

降雪となればいよいよ冬も本番到来と云うことで、面倒だが車のタイヤ交換(ラジアル→スタッドレス)をすることにした。

 

車は小生のと妻のとで2台あり、まずは交換タイヤとジャッキ・レンチなどを物置から出して交換場所(と言っても玄関先だが)まで運ばなければならない。

妻の車は軽なのでタイヤも軽いが、小生のは2.5ℓの普通車なのでタイヤも随分と重くてこれを運び出すのに疲れて「まだ交換作業もしてないのにこれじゃぁな」とつい嘆き節が出る。

気を取り直して妻の車からタイヤ交換に着手するが、ナットがキツく締まっていてなかなか緩まない。

そう云えばこの夏用タイヤ、以前妻が車を点検に出した時についでにディーラーで交換して貰ったんだった。

やっぱり機械で締められてたんじゃぁ手回しレンチでは容易に緩まない筈だ。

「こんなにキツく締めることないのに・・・」とボヤキながらも何とか4本のタイヤを交換して「あぁ疲れた」とホッと一息ついた。

 

一休みした後は小生の車のタイヤ交換だが、これがまた結構大変で車は重い(1.8t)しタイヤ(アルミホイールなのに)も重い。

パンタジャッキで車を上げるのは一苦労なので、重いフロア式油圧ジャッキに選手交代してジャッキupし、タイヤの脱着作業の後ジャッキdownしてナットの増し締め。

この一連の動作を4回繰り返す訳だが、6~7年前まではそれ程苦も無く出来たこの作業が、最近では途中で休みを挟まないと出来ない重労働になってしまった。

”自分で出来ることは自分で”というスタンスでタイヤ交換などは手ずからしてきたが、そろそろカーショップにお世話になる必要があるかも知れない・・・。

 

交換したタイヤを片付けるため洗いながら状態を確認すると、随分トレッド部の摩耗が進んでる感じ。

このタイヤも6年ほど使っているので、トレッドが摺り減るのも道理なのだが、最近は車に乗る頻度も激減して年間の走行距離は1,500㎞にも満たない。

今後車に乗る頻度は増えるというよりも減る方向だし、車自体も買ってから10数年経つので、あとどれくらい乗り続けるか分からない。

「さてどうするかなぁ?」また一つ思案しなければならないことが増えてしまった。

 

さて、この年末年始はまた東京から孫達が遊びに来る(どうやら昨冬と今夏の来訪で”じじばば”の処へ行くと好き勝手が出来ると味を占めたらしい?)というので、今日が本年最後のライド。

出来れば遠乗りしたいところだが、夜半からの放射冷却で外気温が低く、おまけに北西からのかなり強い風も吹いているので、走る条件としては芳しくない(弱気だなぁ)と判断して近場を徘徊?することにした。

 

街中を抜けて長良川左岸堤防道路に出ると、遮るものの無い吹き曝しの中それまで以上に強い風が吹きつけて来た。

「こりゃぁ大変だぁ」分ってはいたものの想定以上の風にチョット怯むが、まずは南に向かって走る。

遠く新雪の奥揖斐を越えてくる風は冷たく強い

風は右ないし右背後から吹きつけ寒さが募るので、ケイデンスを上げて身体の内部発熱を促すが、そう簡単に身体は温まるもんじゃぁ無く当然ながら我慢を強いられる。

ややもするとハンドルが捕られそうになるが、上体を風に抗する様に右に傾けて兎に角走ることに専念する以外にない・・・。

 

堤防道路を羽島辺りまで南下するつもりでいたが、その先をどうするかと考えていたら何だか其処まで行く気が失せてしまった。(ひょっとしたら風と寒さに気持ちが負けたかな?)

「さてどうするかな?」好い代替案が浮かばないので「こんな時は河川敷道路だな」と堤防下の河川敷管理道路を何往復かすることでお茶を濁すことにした。

もしかしたら、4往復(34km)もすれば身体も随分温まって、先に走る活力が湧くかも知れない。 

河川敷管理道路は堤防上に比べて若干風が弱かった(助かるぅ~)

結局のところ河川敷道路は3往復走った時点で「もう充分だな」と切り上げ、長良大橋を渡って墨俣へと向かう。

堤防道路は相変わらず北西風が強く、向かい風だとスピードも上がらない。

これだと脚力が削られるだけでなく全身疲労も増すばかりなので、墨俣城を過ぎた先で早々に堤防道路から下りて天王川に沿った路地道を行くことにした。

頻繁にブレーキングしなくちゃいけないので、路地道を走るのはあまり好きじゃ無いが、建物が風を防いでくれる恩恵は今日のところは捨てがたい。

遠く伊吹山を背景にした墨俣城も絵になる

墨俣から河渡を経て北方まで走ったところで、北進するのを止めて岐阜市街へ戻ることにした。

ここからは背中を押す追い風となり、今までの遅々とした走りと全身を包んでいた疲労感は”何だった?”と云う感じで軽快にスピードに乗る。

ヒルクライマーの様に自分を虐めて快感に浸る?タイプではないので、小生はこういう時にこそ自転車の愉しさを覚える。

”楽ちん快走”こそロードバイクの神髄だ・・・。

墨俣辺りから見た岐阜市

気分が良いので河渡橋への分岐、更に鏡島大橋への分岐を通り越してその上流の大縄場大橋へと向かう。

帰路としてはチョット遠回りになるが、今日は距離をあまり走ってないので”せめてもの罪滅ぼし”になるのかな?

明日から2週間は多分自転車に乗ることは無いしね・・・。

 

 

 

  

 

悲しいなぁ

 

年寄りがあれこれ文句を言おうと、若者が行動しない限りは物事は動かないと重々承知しているが、このところの我が国の防衛に関わる事態推移を見ていると、国民の間での議論のあまりの少なさに「本当にこれでいいのか?」と腹立たしい気分になる。

 

今、政権与党が躍起になって推し進めようとしている軍事力の強化だが、その現時点での実力は世界第5位(軍事費では第9位)であり、脅威論の相手国であるロシアや中国の軍事力と比べても大きく見劣りするものでは決してない。

しかし、このまま政府の方針通りに防衛費が次年度以降5年をかけて大幅増額(現状GDP比1%→2%)されると、その金額は10兆円(国家予算額の1割弱)を超えることと なり、その結果日本の軍事費(当然軍事力も)は世界第3位に駆け上る。

これは誰が何と言おうとも軍事大国の様態そのもので、第2次世界大戦の惨禍を反省として76年前に制定された現行憲法の、非戦と平和希求の精神を大きく踏み躙るものに 他ならない。

 

古今東西の長い人類の歴史を鑑みても、軍事力強化の行きつく先は武力での威嚇とそのエスカレーションの果ての戦争であることは明らか。

あまつさえ、過去の侵略戦争で中国・朝鮮半島・東南アジア諸国に甚大な人的物的損害を与えた日本の軍事大国化は、それらの国との間に無用な軋轢を生むことは必定。

” 過去を反省しない日本 ”が名実ともに現実のものになりつつあるのは、日本人として とても悲しいことだ・・・。

 

さて、小生がロードバイクに乗り始めてから11年チョットになるが、それまでは専ら 山登りやテニス・ジョギングなどを楽しんでいた。

中でも山登りは若い頃に始めており、終生の趣味と思っていたが、50代も後半になって予期せぬ左足首の病(変形性足関節症)発症で次第に歩くのが辛くなり、足首に負荷のかかる行動は断念せざるを得ず”泣く泣くの心境”で山登りも諦めた。

しかし、3年前に脛骨の骨切り術、そして昨秋に足首関節の人工関節置換術を施術して貰った結果、数ヶ月ほど前から何とか歩ける距離も伸びてきた(まだ足首の不安定さは残る)ので、多少冒険的試みになるが山登りを再開してみようと思い立った。

 

行先は、いきなり奥美濃鈴鹿のような1000m級の山はどだい無理なので、岐阜市の 最高峰である百々ヶ峰(418m)にした。

多分4時間もあれば往復できる筈で、取り敢えずはこう云う低山で実績を積み重ねて、ゆくゆくは北アにまた登ることを目指したいと思う。

 

山行となればまずは道具の準備からと、前日に物置を漁ってザックや登山靴・ステックなどを引っ張り出してきた。

登山靴はイタリー製の革仕様で、使い古しではあるがそれだけに幾多の山行を共にした愛着のあるもの。

長年の放置で生えたカビを落としてワックスを塗り込みながら「また世話になるよ」と靴に向かって小さく呟いた。

 

百々ヶ峰の登山道は幾つもあるが「今の小生に合ってそう」と思えたのは、北側の尾根筋を登って西側の尾根筋を下る三田洞道の周回ルート、往路は少しきついが復路は多分楽が出来る。

準備を終え幅広の舗装道を歩きながら足の具合を確かめるが、登山靴が”少しグラつき気味”の足首をホールドして良い感じで「これなら今日の山行は大丈夫だな」と思えてチョット安心。

視線を上げて辺りを見回すと、晩秋の少しグレーがかった落葉林の風景が小生を優しく包み込んで妙な安堵感を与えてくれる。

「あぁ山っていいなぁ」長らく忘れていた感慨が脳裡に浮かんだ。

山道を歩むにつれて昔の感覚が蘇ってきた

九十九折れの山道を辿り尾根筋に出たがまだまだ先は長い。

ゆっくり歩を進めながら、昔とは違う歩速や足の運びに10数年のブランクを実感するも「これは仕方の無いこと、何れまた元に戻るさ」と独り納得した。

階段の道や露出岩の道と尾根筋の山道も一様では無い

ズ~ッと続く岩道で足場を選んで歩いていた時のこと。

バランスを崩して転倒しそうになり、何とか持ち堪えたまでは良かったが、ホッと一息のあと足元を見て左靴の異変に気付いた「ソールが取れてる・・・」

すぐ傍に剥がれたソールがあり経年劣化で取れた感じだが、ソール無しじゃ山道を歩けないので応急処置が必要だ。

靴紐と足首に巻いていたテーピングテープで、ソールを靴本体に固定して一応歩ける様にしたが「この靴もついに寿命かぁ」と思うと何だか悲しくなった。

北ア・八ヶ岳・奥秩父、数々の山行を共にした登山靴とも今日でお別れ「ご苦労さんでした、あと少し頑張って下さいよ」と靴に呟いた。

  ソールが剥がれた登山靴        応急処置で何とか歩ける様にした

一瞬「もう帰るかぁ」と思ったが、既に往路の2/3は来てるので「行くも帰るも大して変わらない」と先に進むことを決断。 

少し歩くと、左靴底に変な負荷をかけない様慎重に行けば何とかなると判ってチョットだけ安心し「成せばなる成さねばならぬだな」と意味は違うが独り合点した。

山頂へ向かう道からの眺望(御嶽山は雲に隠れて見えず・・・)

山頂展望台に着いた時は生憎の小雨交じりの天気。

晴れていれば濃尾平野の大展望が拡がり、名古屋市街地の向こうに伊勢湾も視えるが、今日は全体が霞んでいて眺望はイマイチだった。

しかしそんな時でも、雨雲の切れ間から朧げな陽光が差込んで、金華山岐阜市中心部が白く照らされる幻想的な風景を眼に出来たのは幸い。

自然というものは時に予測不能のことを起こして人を楽しませてくれるもんだ・・・。

大展望はお天気次第「こんな時もあるさ」と諦めるしかない

自然現象の妙をしばらく楽しませて貰った

展望台を後にして下山に入る。

ここからしばらくは尾根筋の緩やかな下り、落ち葉が絨毯の様に敷き詰められており、そのサクサクとした感触が脚に心地良い。

先刻の小雨も上がって、陽光が木洩れ陽となって降る中を独り行けば、つい鼻歌も口を突いて出る。

木洩れ陽は何故か気分を朗らかにしてくれる

ところが、少し急坂になった所で2度も足を滑らせ尻餅を突いてしまい、浮いた気分もそこまで、どうやら随分脚が弱っている様だ。

自転車に乗っているので脚力の衰えは左程無いと思っていたが、やっぱり山歩きで使う筋肉と自転車で使う筋肉は違う?みたい。

 

尾根筋から外れると本格的な下り。

道に岩の露出した箇所が多くなり、仮着けしたソールを剥がさない様に足元に気を配る必要があるし、脚の疲労もハッキリ判るほどになってきたので少なからず時間がかる。

昔は下りが”大得意”だったのに「今じゃぁこの様かぁ」と己が不甲斐なさについ愚痴が漏れるが、これが小生の今の実力と認めるしかない。

 

ゴールが見える所まで下りてきて最後の休憩。

視線の先、越美国境に近い山々は白く薄化粧し始めていた

ベンチに腰掛けて視線の彼方の山を眺めて和んでいると、小鳥(多分ジョウビタキ)が目前の木柵に舞い降りてきて、しきりに小生に何かを求めてる様子。

「あっ餌が欲しいのか」小鳥の求めは判ったものの、普段食べ物を持ち歩かない小生には、血糖値が下がった際に食べる羊羹ぐらいしか持ち合わせがない。

「食べるかなぁ?」と疑問に思いながらも小さく千切って木柵に置くと、小鳥は不思議そうにそれを見ていたが、やっぱり啄むことは無かった。

野鳥ってこんなに人に近づくものなの?

「ゴメンよこれしか無いんだ」と語りかけてしばらく無言で眺めていると、食べれる餌が貰えないのを察した小鳥は飛び去っていった。

「次来る小鳥にも同じ思いをさせちゃ可哀そうだな」そんな思いに急かされてベンチを後にした・・・。

 

 

 

待ち遠しいこと

 

先日、会社勤めをしていた時の同期の1人からmailが届いた。

開いてみると「そろそろ宴会旅行やらない?」との同期会恒例行事の再開要望。

同期の ”温泉地での宿泊宴会” は在職中にも節目毎におこなっていたが、皆がリタイヤ してからは毎年の恒例行事に格上げ。

その世話人(と言えば恰好いいが,実際は万年幹事のお世話係)を小生が仰せ付かって いるので件のmailとなったと云う訳だ。

一昨年(2020年)は長野の湯田中温泉でやる予定で、旅館や観光バス(集合地からの 交通手段)など諸々の手配を済ませて実施するばかりになっていたが、折からのコロナの大流行で止む無く中止。

それ以来、去年今年と続けて実施できてないので、世話人の小生としては「来年は何とかやれないかなぁ」と思っていた折でもある。

だがこのコロナ禍は予想外にしぶとく、何度も何度も流行の波がきて終息の兆しが見えてこないのは周知のとおり。

今冬も第8波の大流行がくるのは明白で、こんな時に宴会旅行の案内を出そうものなら同期会メンバーの面々から無鉄砲の誹りを受けるかも知れない?

まぁここはしばらく様子を観るのが懸命と「来年2月頃に状況判断して連絡するよ」と要望をくれた同期にはmailをしておいた。

あぁいつになったら元通りの生活に戻れるんだろうねぇ・・・。

 

さて、今日はあまり遠出したくない気分だった(と言うより行先が思いつかなかった)ので、近場を”行き当たりばったり”に走ってみようと出かけた。

 

居宅を出てまずは長良川へと向かう。

取り敢えず左岸堤防道路を下流側へと走り、途中で何か思いついたら其処へ向かおうという算段だ。

堤防道路に出ると少し強めの西風が吹いており、長袖インナーは着ているものの春秋用のジャージだけでは寒いのでウインドブレーカーを重ね着することにした。

この時期は本当に着る物に迷う、冬用ジャージはまだ早いし春秋用だと寒さ我慢が必要になる。

洗濯物は増えるが、しばらくの間はウインドブレーカーで調節しながらいくしか無い。

 

堤防道路を日置江まで走ってきたところである物が目に入る。

それは堤防下の中小河川放流箇所の大きな構築物で、どうやら跨川橋の工事が始まったらしい。

この工事、小生が長年?待ち望んでいた工事で、完成(看板に来年3月完工とあった)の暁には前後の河川敷道路が繋がるので、今まで以上にこの河川敷道路が利用しやすくなる。

放流川で分断された河川敷道路を繋ぐ跨川橋工事現場(岐阜市日置江)

「と云うことはあそこも?」とここから5km下流にある同じ河川敷道路分断箇所も気になり、それを確かめるべく先を急ぐことにした。

果たしてどうか?カーブを曲がって前方に視線を送ると、予想通りの構築物が目に入り思わず「やったぁ」の声が口からこぼれ出た。

手前の橋が完成すればここでも河川敷道路が繋がる(羽島市福寿)

これで、岐阜市長良から羽島市桑原まで全長25kmの河川敷道路が、1本に繋がることになるので、この間は車と並走する堤防道路を走らなくて済む。

自転車走路が欧米ほど整備されて無い我が国では、自転車乗りが安全に一般道路を走るのはかなり難しい。

せめて河川敷だけでも良いので、自転車が走れる道を整備して貰いたいと願うのは手前勝手な注文だろうか・・・。

安全安心な河川敷道路を走って木曽長良背割堤を目指す(羽島市桑原)

途中で河川敷道路へと走路変更しながら木曽長良背割堤北側ゲートまで走ってきた。

「ひょっとして・・・」と淡い期待を抱いて来たものの、やっぱり平日の背割堤は通行止めで、ゲート脇で警備のおじさんが「工事で通れないんですよ」と申し訳なさそうに言うのを聞きながら「いや解ってます、土曜は走れるか確かめに来ただけです」と体面を繕う様な言い訳をして己が下心を何とか隠した。

木曽川(右)と長良川(左)の堤防道路合流点

あわよくば背割堤を走って木曽三川公園までと思ったが、駄目だったので少し引き返し馬飼大橋で木曽川を渡って下流へと向かう。

馬飼大橋を渡り左岸堤防道路を下流へ走る

東海大橋を越えて立田大橋との中間点辺りまで来た時、急に先に進むのが嫌になった。

堤防道路で風は強く吹き付けるし、立田大橋までいった帰り道も背割堤じゃ無いと少し走るのが億劫。

まぁこんな時は引き返すに限る。

誰かに迷惑をかける訳じゃ無いし、自分が納得すれば良いだけのことだ・・・。

木曽川を渡る風が強く進むにつれて気持ちが萎えた

東海大橋で木曽川長良川を渡って海津方面へと走る。

東海大橋は木曽川長良川を続けて渡る長い橋

正面の養老山地辺りが少しばかり暗く、そんな視覚に影響されて気分も少し沈みがちになるので、気分転換も兼ねて気合を入れて走ることにした。

車の通らない広めの道を全力で1kmも走れば、疲労困憊して何も考えなくなる代わりに気分は晴れるに違いない。

 

お千代保さんの脇を通り、輪之内から安八と気の向くままに走路を変えながら墨俣まで帰って来た。

小生の悪癖で、往路に比べて復路はどこにも寄らず一目散に走ることが多い。

「そろそろこんな走り方止めなくっちゃな」と思うが、長年かかって身に付いたものはなかなか直りそうにも無いし、おまけに復路の方が体力気力も充実して快調に走れるのだから始末が悪い。 

要は走り足りないと云うことかも知れないが・・・。

岐阜市街まではあと少し