風を道連れに

☆あるボッチローディーの独り言☆

秋景色には・・・

 

新聞を読んでいて気になる記事が目についた。

”蛍光灯の製造終了”とのことで、丸型は2025年にそして直管型は2027年には全ての製造が終了になり、その販売も2030年には禁止になるとの内容だった。

「えぇ、そんなこと初耳!」と驚いたが、それは単に小生が”その動き”に興味?を持たなかっただけで、世間は以前からその前提で進んでいた様だ。

(現に家電量販店の照明器具売り場にはLED照明しか展示されてない)

我が家の照明器具はほゞ全て水銀封入蛍光灯なので、これから順次入れ替えていくしかないが、廃棄処理の厳格化を考えるとあまり悠長には構えてはいられないのも事実。

悩ましい?問題がまた増えたということか・・・。

 

小生が小学生の頃(もう半世紀以上前になるかぁ)理科実験で水銀をシャーレで転がし遊んだ記憶があるが、それほど当時はいたる所に水銀製品(体温計・消毒薬・化粧品・乾電池など)があった。

水銀中毒である水俣病が世間に認知され始めた頃ではあるが、まだまだそれは他人事でしかなく、学校でさえも水銀の扱いは”ぞんざい”だったということだ。

この水銀に限らず、人体や環境に害を及ぼす物質はこの世の中にいっぱいある。

理想を言えば、それらの全てを無くせれば良いのだろうけれど、経済性や技術の問題でそう簡単にはいかないんだろうなぁ・・・。

 

 

さて今日は、池田から垂井辺りの山辺を走ってみることにした。

このところ季節に合わない暖かい日が続いているが、あの山辺なら「もうそろそろ紅葉の走りが訪れてるかも?」との淡い期待もあっての行先選びと云う訳だ。

長良大橋を渡り、墨俣から結へと美濃路を辿る。

いつもなら、進行方向に池田から伊吹にかけての山並みが見えるが、今日は白いベールで閉ざされた様に霞んでいるので、その景色が不満の小生は「秋の高く澄み渡った空はどこへいった」とブツクサ。

路傍のイチョウ並木は僅かに黄色味を帯びてきているものの、まだ葉緑素の働きは強く全体的には緑色が優勢で、ここでも暖秋?は植物のライフサイクルに大きな影響を与えている様だ。

 黄葉には程遠いイチョウ並木         揖斐川を渡って西へ向かう  

JRの電車と競う様に揖斐川橋梁を渡った後は、平野井川に沿って神戸へと走る。

堤防法面に植えられたコスモスや果樹畑で色づいた次郎柿?、川面に遊ぶマガモ?等に道草しながらも、軽快にペダルを漕いでいくと、先刻まで遠くにあった赤坂の金生山が随分近くなってきた。

バイクで走ることが愉しいのは、その(努力?の)対価がこの様にして、よく判る事象で感じられるからじゃないかと思う。

そんなことやその他諸々の思いを重ねながらなおも走り続けると、微かに汗ばんできた身体が風を感じて、爽やかな心地良さを届けてくれた。

   平野井川堤のコスモス       秋の味覚柿もようやく色付きはじめた
水面に遊ぶ水鳥に癒される         金生山は逆光に霞んでいた

金生山の麓を北に回り込んで道の駅(池田温泉)へと着いた。

まだそれほど疲れてないが、この後に梅谷越の山登りがある(トンネルもあるが2.1kmと長く走りたくない)ので、ちょっと休んで英気を養うことにした訳だが、ベンチに腰を下ろして視線の先の景色や上空を舞うパラグライダーを眺めていたら、何だかそれが酷く億劫に思えてきてしまった。

「こりゃいかんなぁ」と早々に休憩を切り上げて出発の準備、走り出してしまえばこの怠惰な思いも、やがては噓の様に消えていくだろう・・・。

道の駅の展望スペースで一休み

池田山へのヒルクライムルートを右に分けると、そこからが梅谷越の山道。

細い道の所々が苔生していて、スリップ転倒しない様に注意してゆっくり走るので時間がかかる。

このところ各地でクマが出没して人的被害も出ているが、こんな場所でクマに出くわしたらそれこそ一大事と、辺りを覗いながらの登行が続く。(小心者め!)

標高差150mを20分ほどかけて登り、直ぐ下りに入るとそこも苔道でスピードは厳禁、だけど、この森閑とした山道を味わいながら行くにはその方が好都合でもある。

梅谷越えの山道は杉木立に囲まれて物音一つしない

下り道の中ほど、前方から場違いな車が来た(ほゞ乗用車なんて通らない)ので路肩に寄って待つと、傍で止まった車の老夫婦(といっても多分小生と同年配)が近くの温泉施設の所在を聞いてきた。(あれまぁ)

どうやら池田温泉が行先のようだったので、此処から引き返してトンネルを貫けて行く道順を教えたのだが、なんでまた彼らはこの細い山道に迷い込んだのか?

多分カーナビの指示通りに道を走って来たんだと思うが、機械を100%信用しきるのはあまり得策ではないということの実例なんだろうなぁ。

山越えもトンネルを走れば楽なんだが・・・

梅谷集落まで下ってきたが、此処までの道沿い山野で紅葉の兆しを探したものの、その景色は何処にも無く”まだその時に非ず”の感じ。

これ以上山沿いを走っても同じ景色なので、「まぁ仕方ないな」と諦めてr-53を垂井へと向かった。

 梅谷集落辺りの里山風景         車に注意しながら南へ走る 

垂井からは中山道を辿って赤坂へと走る。

この道は、いにしえとは違って今は幹線道では無いので、車通行が少なく安全に走れるところが小生のお気に入り。

欲を言えば、街道沿いに往時の面影を残す建築物などがあれば、道々眺めて愉しめるのだが、そう云う物が殆んど残ってないのが残念と言えば残念ではある。

青墓(恐ろし気だが吾妻鏡にも載った歴史ある地名)⇒昼飯(ひるめし×ひるい〇)と走って赤坂湊(大正期に栄えた川湊跡)でトイレ休憩。

午後の穏やかな陽ざしの中ベンチに座していると、安穏な気分がどこからともなく押し寄せてきて実にいい感じだ。

緩やかに時が流れる感じの赤坂湊のベンチ